« Win8→Win8.1 | トップページ | 特別記念講演会「水軍大名加藤嘉明-瀬戸内海時代の実像-」 »

2014/10/17

ホリがでたー WOW!

1.浜松城
本丸南側(市役所西側、元駐輪場)で堀を確認。幅11m、深さ2m。出土物から(?)家康が居城した時期の遺構と推定。ちなみに、浜松城の遺構として家康時期と推定したのはこれが初めて。
10/19(日)現地説明会。今回確認した堀とともに、本丸南土塁の石垣も公開する。[10/5 は台風18号の前日で大雨だった]
■時事コム(10/17)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2014101700644
■浜松市 文化財課
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/bunkazai/kouza/text/tokugawaieyasu400nen.html
■静岡新聞(10/17)
http://www.at-s.com/news/detail/1174133456.html
■中日新聞(10/18)
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20141018/CK2014101802000088.html

2.松江城
県道の工事現場から、障子堀が出土。深さ1.2m(地表~土手上部)、土手の高さ・幅は0.5m、堀底は3ヶ所。地層から江戸時代初期に作られたとみられる。堀尾吉晴が1590年北条氏の山中城を攻めたときの経験を生かしたと推測していることが興味深い。10/18(土)現地説明会
■山陰中央新報(10/17)
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=548650004
■読売新聞(10/17)
http://www.yomiuri.co.jp/local/shimane/news/20141016-OYTNT50093.html

3.おまけ
松江城を築城した堀尾氏の前任地が浜松城。その浜松城の西端城曲輪で9月に空掘が確認されている。9/27 プレ見学会では、堀の中央部で堀底が高くなっていると説明があった。ひょっとすると、このときの空掘も障子堀..かも(妄想)
← (10/19追記)発掘作業で中央部は途中までしか掘らなかったの意味だったかも、ということで取り消します。

# 10/18 一部追記

|

« Win8→Win8.1 | トップページ | 特別記念講演会「水軍大名加藤嘉明-瀬戸内海時代の実像-」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« Win8→Win8.1 | トップページ | 特別記念講演会「水軍大名加藤嘉明-瀬戸内海時代の実像-」 »