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2012/11/10

講演会「浜松戦国山城まつり 二俣城・鳥羽山城を極める」

121112_5751久しぶりに安土城へ行きたくなりました(*1)

講演の主題から少しハズれた感のある「安土城」ネタでしたが、これがよかった。安土城に関しては、
・安土城を近世城郭と同様な評価をすることはできない
(戦う城から見せる城への変化点だが、周辺国との緊張状態から軍事・政治面を考えておかなくてはいけない)
・安土城は2つのゾーンでできている
1) 登城ルート(百々橋⇒摠見寺⇒黒金門⇒天主)
2) 行幸ルート(三門⇒(天守を北に仰ぐ)直線の登城路⇒南門⇒天主)
・天主内部の装飾も「(日本的な)政務空間 1~4階」「(中国を意識した)聖域的空間 5~6階」にわかれている
・安土行幸は、信長が天下統一の戦いを進める理由として必要であり、上記の「行幸ルート」「聖域的空間」はその装置。

さらに、
・天下統一は信長に絞って考えるべき(群雄割拠した諸勢力が、みな天下を目指したわけではない)
・当時の出来事は、京(将軍)の立場で見ないといけない
(例 当時であれば、将軍の信長包囲網が正であり、信長は謀反人の扱い)
・信長の天下統一戦は、領地・領民の「私」から「国」のものにする戦い
(いままでの総否定。だから後に世界に例のない集権国家ができた)
と、歴史像の捉え方まで話が波及する内容だった。

一方、メインの二俣城・鳥羽山城ネタ。過去に何度も取り上げている題材であるが、今年度、二俣城全体と天守台のCGを作製し、写真・動画を初披露でした。周辺地形を再現、あるいは石材の詳細な描写と、よくできていると思うが、二俣城全体=徳川時代、天守台=堀尾時代 と異なる時期としたところは疑問。堀尾くんで貫いてほしかった。

(*1) 安土城を最後に訪れたのは2002年。鎌刃城の現地説明会のあと、ついで(まだ無料だった)に訪れると、”夜景ラブラブ”に見とれてしまい、足をくじいてしまう。翌日、出張先で足を引きずっていた(@田中さんのノーベル賞で沸く京都)ことがナツカシイ。

(*2) ほどよく聴講者が集まり、会場はゆったり座れました。ちょっと、寒かったけど。

[写真] オープニングの和太鼓演奏。勇壮で華やかでした。

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