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2012/01/08

市制100周年記念企画展「城絵図」

120113_8248会期ギリギリだったけど、行けてヨカッタ(笑

浜松市博物館での特別展。目玉は「家康公在城時代の浜松城」の模型。これも浜松市制100周年記念行事のひとつとして、市民が作製したものだ。解説文では、天正十二年(1584)小牧・長久手の合戦頃を想定としていた。

お手製感あふれる立体模型だが、なかなかよく出来ている。第一に浜松城の起伏がひと目でわかる。実際に訪れると体感できるのだが、浜松城は南東方向と西北方向で30m以上の比高差がある。しかも、城域に侵食谷も入り込んでいる。これらは絵図や縄張図、写真ではなかなか伝わらない部分だが、模型な一目瞭然。ありがたい。

次に浜松城周辺の街道が読み取れる。中世期の東海道は江戸期よりも北側に位置しており、東海道を西進すると浜松城本丸が真正面に見えることが模型で理解できる(*1)。また、二の丸入口前で浜松城南側の谷坂を登る街道(舘山寺街道)と東海道が交差している点も興味深い。

(*1) もう少し正確に言えば、もともと引馬城の南側に東海道があった→浜松城に拡張するとき、東海道からのビスタを意識して天守台を作ったということ。

最も驚いたのが、浜松城の曲輪群に求心性が見られないこと。北から、作左曲輪、本丸、出丸(鳥居曲輪)が、台地端にポツ、ポツ、ポツと並んでいるだけ。浜松城のことを「信玄も落とせなかった堅城」と言う人もいるが、これが堅城の姿なのか? あまりの後進的な構造に、「浜松城堅城」説を疑問に思っている(*2)こっきぃもビックリだった。

(*2) 浜松城の防御は街道筋になる南東方面が主体。台地方面は目だった防御がなく、こっちから攻めればイチコロでは? 堀切・切岸で対応していたのだろうか?

これ以外にも、古城(引馬城)が北(元目口)と南(下垂口)へ開く”巨大馬出”のようにも見えたりと、模型の前であれこれ考え込むことができた。

# 模型以外にも「青山家御家中配列図」で江戸前~中期の住居区分は彩色されていてわかりやすく、また興味深いものだった。

[写真] 手前看板の矢印の逆側では、昔の遊び展が開催中。けんだま、こままわし、カルタ、すごろく...一緒にいった ふぅ&しんちゃんは、こっちに夢中でした。

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