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2010/07/10

上ノ郷城 現地説明会

100711__img_6707衝撃の内容だった。

本郭の南中央付近を対象とした、上ノ郷城(蒲郡市)の第5次発掘調査(第3次(特別版)はこちら)。掘り出されたものは、石造りの階段、石材で補強された虎口。さらに、石づくりの排水溝に、地盤を固める石敷き(*1)..と、まさに「石づくし」。城の時代背景(*2)を考えれば、異常と感じる姿だった。
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(*1)石敷きは、5/21に「物見櫓台?」と報道された場所も含む →こちら
(*2) 上ノ郷城 略歴
・15世紀後半~ 鵜殿氏が居城
・永禄5年(1562)家康に攻められ落城。家康の義理父・久松俊勝が入る。
・天正18年(1590)家康の関東移封にともない廃城
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さらに、詳細に発掘された遺構をみていくと
・虎口は左折れで階段に繋がる一連のもの。
・排水溝と石敷きは一連のもの。
・階段の「最底部」は、排水溝の「底」から50cm低い。
・石敷きは虎口を埋める状態で広がる。

城の略歴とあわせて考えると
1) 鵜殿氏時代に階段と虎口が存在した。
2) 落城後に入った久松氏が、本郭の拡張のため埋立。石敷きとともに排水溝をつくる。

ことが想像される。しかも、虎口から左折れする平場で、二例目となる鉄砲玉が見つかった。ゆえに、鉄砲玉は鵜殿氏攻めに関連したもの結ぶのだから、オミゴト! としか言いようがない。

鵜殿氏時代にテクニカルな虎口があるとは信じがたいし、そもそも(久松氏も含め)当時の三河周辺で、これだけ大規模な石材の活用は考えにくい。

城の活動時代がもっと下るなど、「まだ知らない上ノ郷城の歴史」が存在するのだろうか? 30分遅刻で到着したため、十分な説明は聞けなかったが、ことの重大さは十分すぎるほど感じた。

[写真] 本郭の北側から撮影
・郭下の虎口(左奥)から入った人は、平坦部(中央右)で左折れして、階段(右)を登り郭内へ。
・排水溝(中央左)および石敷き(排水溝の左側に広がる)は、虎口および平坦部を埋め立てた状態で存在。
[記事]
東日新聞(7/9)
http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&id=32650&categoryid=1
朝日新聞(7/9)
http://mytown.asahi.com/areanews/aichi/NGY201007080027.html
[備忘録]
浜松-R1-R42-東七根-県406-R23バイパス-ラグーナ前-R247-荒子トンネル-上ノ郷城(1.5h)

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コメント

▼けんけんさん
>資料ってあるのかな。
蒲郡市博物館に残があるかもしれません。
当日、現地で配布用に用意した分が足りなくなったため、増刷しています。遅刻組のこっきぃも、現説会終了後、博物館へもらいにいきました。
ちなみに、博物館の横には竹谷松平家の大手門が復元移築されています。

投稿: こっきぃ | 2010/07/13 22:35

行きたかったです(号泣)。

知っていたんですが、朝起きた時間であきらめました。
雨も心配でしたし。

資料ってあるのかな。

投稿: けんけん | 2010/07/11 20:51

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