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2010/04/13

伊豆水軍

水軍話は西国ばかり...そんな、アナタに読んでいただきたい。

伊豆の水軍は、古くは6~7世紀 大和朝廷の朝鮮出兵にも関係していたというからビツクリ。その後の源平の合戦にも影響し、南北朝の争乱では南朝の「海上ルート」の一翼となり、西国(熊野)と東国(関東)を結んでいた。

そして、最大のオタノシミは北条水軍の話。北条早雲の伊豆侵攻、および伊豆を支配下としたのちの関東侵攻。いずれも伊豆水軍が果たした役目は大きかった。さらに、駿河湾をはさんだ今川・武田水軍との対峙。武田氏とは幾度も水軍戦をくりひろげ、特に天正八年(1580)では、大砲をもつ大型安宅船を用いた戦いも行われている。

そして、ご存知の通りの秀吉との対決。北条氏の滅亡とともに伊豆水軍も四散する。

本書から、伊豆半島という立地で発展した水軍の実情、そして、水軍城(水軍の拠点)の変遷を理解することができる。陸上交通的な発想が通用しない、海上交通の一端を感じることができた。

# 本書は、最初、図書館で借りて必要部分だけコピーしていました。しかし、駿河湾の水軍のことを考えると、手元においておきたくなり、後日購入。おかげで、昨秋の「北条水軍ツアー」や、天城越え の参考資料として、大いに活用いたしました。

# 北条水軍ツアーでは、著者ご自身が丸山城を現地解説をしてくれて感激したっけ。

[書籍] 「伊豆水軍」
永岡治著、静岡新聞社、2008年3月 発行

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コメント

▼太った豚より痩せた孫文 さん
北条水軍ツアーでは、時間の都合上、実際に丸山城へ登れませんでしたが、丸山城が一望できる、船溜まりの解説板前で説明、そして出城と本城を分断する堀切までの案内と、永岡さんには約40分間にわたる 案内をいただきました。

ツアー一行がバスで次の目的地へ出発するとき、永岡さんがお見送りしてくれていたことを覚えています。

残念です。
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高井さんの著書についても、機会をみつけて読んでみようと思います。いろいろ教えていただき、ありがとうございます。

投稿: こっきぃ | 2010/04/16 20:15

永岡さんの著作は面白いものが多いですよね。
ネット通販を利用しないと、県外の在住者には、
なかなか買い求めにくいのが難点ですが、
かつては頻繁に伊豆を訪れては、著書を捜し歩いてました。

…永岡さん、亡くなられたとか。
件の北条水軍ツアーの後だったとのことです。
同ツアーは参加者が殺到し、あっという間に
申し込み終了となってしまい、行けず仕舞いでした。
今となっては痛恨の極みです。

さて、西国以外の水軍研究者としては、高井勝己さんがいます。
元々は城郭史研究者で、能登・加賀を中心に日本海側の水軍城を
研究を進めておられ、その方面では随一の研究者です。
こちらも著書の入手が困難ですが、よろしければ是非。

投稿: 太った豚より痩せた孫文 | 2010/04/16 16:09

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