遠州の熊野信仰
母ちゃんが午前中お出かけするというので、子ども達と浅羽郷土資料館へ出かけます。
「熊野信仰」-熊野とは紀伊半島の「熊野三山」を指すのだが、なぜ遠州と遠方の熊野が繋がるのか、不思議かもしれない。ところが、古代~中世の遠州地方は、伊勢方面とのつながりができていた痕跡が残っている。
例えば、荘園時代には、浜松市の都田、美薗や蒲には伊勢神宮の荘園である御厨が作られた。南北朝時代には、三岳城ほかが南朝の拠点として、北朝と争っている。そして、戦国期、信長の伊勢侵攻においては、武田水軍による援軍の話もある[「その時歴史が動いた」(第228回)]。
展示は、絵図と仏像主体なので、ザッとみて終了。お城と関係するものはなかったが、熊野の修行地が遠州地方にも広がっていたことには驚いた。あと、中世~江戸期に勝間田川の河口に港(川崎湊)があり、駿河湾内の海運を利用した駿河~東南遠江との物流ルートが存在することもわかった。
椅子に寝転ぶ子ども達を叱っていたら、母ちゃんから電話「早く帰って来い..」~さぁ、帰ろ(笑
特別展「遠州の熊野信仰 -熊野三山とのかかわり-」
2006年10月24日(火)~12月23日(土) 無料
袋井市立浅羽郷土資料館
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